中学時代、僕はハムスターを飼っていた。

　酷い話と思われるかもしれないが、今考えてみると名前も付けてなかった気がする。かわいがっていなかった訳ではない。心の中では呼びかけていたような気がする。

　

　ある日のこと。朝、登校 する前にハムスターにエサをやっているときだった。

　自分の（以下、ハム兄）と弟の（以下、ハム弟）と２匹のハムスターがカゴの中にいて、ハム兄の方に右手でエサを与えていた。そのとき、無意識に左手がカゴに触れていたらしい。

　

ハム弟：　「ガプッ」

　

　突然、左手の薬指に痛みが走った。

ツタン：　「なんじゃい！」

　

　何が起こったか分からず、とっさに左手を引いた。

　

　痛さというよりは、予期せぬ事態にかなりビックリ。

　どうやらハム弟に噛まれたらしい。意識が右手側のハム兄に集中していたため、ハム弟は全くの死角だった。

　トンボとかに噛まれたときに、痛さよりも視覚的・触覚的にびっくりしてしまうのと同じ感覚。

　

　負傷箇所は左手薬指。

　かすかに血がにじんでいる。

　ティッシュで拭き取る。

　動物に噛まれて出血するのって、あまり気持ちよくないなぁ。何かに感染しそうだし。

　そう思い、朝忙しいにも関わらずマキロンを探す。すでに血は出ていなかったが消毒。

　

　多少の不安は感じつつも中学校へ。

　

　バンソウコウ貼ったわけでも、痛みがあったわけでもないので、学校に着くころには噛まれたことなどすっかり忘れていた。

　

　そして、平穏な一日を過ごすはずだった・・・

　

　

　

　思い出したのは午後の授業中。

　

　ふと気付く。

　

　左手の薬指が微妙に痛い。

　

　そして、気付いてから徐々に痛みが増している気がする。

　

　激痛というほどではないのだが、それ以上に恐怖が支配する。

　

　そして、それまでの潜伏期間が更に恐怖心を煽る。

　

　何かの菌（以下、ハム菌）が自分を蝕んでいくようなビジョンすら見える気がする。

　

　

　もしかして

　

　俺は

　

　

　ハム菌に侵されて

　

　

　

　ハムスターと化してしまうのではないだろうか・・・

　

　

　前代未聞ではあるが、あり得ない話ではない。　いや、あり得ない。

　

　しかし、あの状況ではバカげた妄想も仕方ないだろう。

　

　

　「恐怖ハムスター男！」

　

　仮面ノリダーの敵となって、教室で暴れる自分を想像した。

　鳴き声は無難に「ハムハム」だろうか。ちょっとひねって「ハムスハムス」でもいいな。

　

　

　一通り妄想し終えたところであることを思い出す。

　

　「俺、 マキロン で消毒したのに・・・」

　

　「マキロン、効かないじゃん！」

　

　指の痛みを恨みに代えて、噛まれた左手薬指を見つめながらマキロンへの呪いをブツブツ唱えていた。

　

　

　しかし、違和感が脳裏をよぎる。

　

　

　記憶の断片を必死にかき集める。

　

　

　

　「あ、」

　

　

　自分でも信じられない。

　

　

　なんということだ！

　

　

　

　「今朝、自分が消毒したのは、噛まれた薬指ではなく、中指だった気がする・・・」

　消毒する指、間違えた♪

　

　

　

　そんなアホな。

　自分でもそう思ったさ。

　

　

　猛烈に恥ずかしいことだが、誰にもバレてないのでよしとする。

　

　事実を思い出し、よしとしたところで状況は何も好転しない。

　

　ハムスターにはなるまいと、指を押さえて痛みに耐えた。

　

　濡れ衣マキロンにも心の中で謝った。

　

　２時間程度の格闘の末、ツタンカーメンはハム菌に勝利したようだ。夕方には痛みも治まり、未だハムスターにはなっていない。

　

　アホっぽく書いたが、本当に怖かった。