それは僕が高校３年の夏のときの体育の授業の直後でした。

　体育は隣のクラスの男子と合同で行なっていたのですが、授業が終わり着替えているときに、 顔は知っているけど名前も知らない隣のクラスの一人に話しかけられました。

　発せられた言葉は

「ツタンカーメン君、パイ毛勝負してくれ！夏休みの間、頑張って伸ばしてきたんだ」

　

　・・・

　

　色々と方言もあろうかと思いますがここではパイ毛(パイゲ)で統一します。 もちろん乳輪外周付近に生えた毛です。

　

　僕はとっさに

「いや、勝負してくれっていわれても・・・どうやって？」

「っていうか、なんで俺のパイ毛が長いって知ってんの？もしかしてある意味有名人？」

「ってかなんで、俺の名前知ってんの？」

「その前に、頑張って伸ばせるのか？」

と思いましたが、断る理由ないし、というよりも断りづらいし。

「べ、別にいいけど」

　確かに僕は中学・高校とパイ毛の長さで更衣室では目立っていましたが、 まさか隣のクラスにまで知れ渡っているとは・・・
　彼が発した言葉は多少有頂天になっていた僕の目を覚まさせるには十分な重みを持っていました。

　彼は「勝負してくれ」とは言ったものの判定方法までは考えていないようでした。 そんな彼と僕との間に微妙な空気が流れたときでした。
「じゃあ、俺が判定してやるよ」名乗りを上げたのは隣のクラスで一番目立っているやつでした。

　ふと周りを見てみると僕のクラスの友達は誰一人いません。状況はまさに四面楚歌。 アウェーでの試合がいかに不利かというのを悟りました。隣のクラスの連中は異様に盛り上がっています。

　彼が先に服を脱ぎ披露しました。と同時に歓声が沸き起こりました。 彼のパイ毛を見てみると細いもののなんと放射状に生えているのです。

「そ、そんな！髪型セットもといパイ毛型セットしてくるなんてずるいじゃん」

「俺だって前もって言ってくれればセットしてきたのにぃ」

とはチャンピオンの意地もあり口にはしませんでしたが、負けを悟りました。
「世代交代かぁ」

「なんでパイ毛勝負のために一度着た服脱がなきゃならんのだろう」と思いながら気だるげに 脱ぐともう一度歓声が沸き起こりました。
「はぁ、俺は一体何をやっているのだろう？でも微妙に負けたくないな」などと思いながら。

　そして判定。審判が僕らの間に立ち、ボクシングの判定のように二人の腕を握ります。
「勝者・・・Tutankhamen！」高々とあげられたのは僕の腕でした。実はかなり嬉しかったものの 勝負が勝負だけに上手く笑えませんでした。

　審判によると「ヴォリュームの差」とのことでした。確かに本数と長さは似たようなものの、 色の濃さ、艶、太さにおいては僕の方が格段に上でした。彼が勝っていたのは放射状という 一点のみにおいてです。

　勝ったあとだから言えますが「格が違うぜ！」という感じです。分かる範囲で力士に 例えるなら千代の富士と舞の海でしょうか。誤解があったら申し訳ありません。

　でももしかしたら審判も盛り上げるために僕を勝たせたのかもしれません。 うなだれて体育館を後にする挑戦者の後姿はどこか寂しげでした。 彼の夏を無駄にしたのは僕かもしれません。

　もちろん教室に戻った後にクラスの友達には話しました。爆笑されましたが、 結局挑戦者の名前は分からず終いでした。

　パラレルワールドに踏み込んでしまったような特殊な体験でした。 今でも本当何が起こったのか分かりません。もちろんその後に僕に挑戦してくる者は 居ませんでした。

　阿呆なことを書いてしまいましたが事実なのです。
そして本当に阿呆なのは僕ではないと思います、この件に関しては。

　

　最後に僕のパイ毛の生い立ちを。

　父親は仕事から帰り風呂から上がると上半身裸で過ごすことが多く、 僕はよく肩を揉まされました。「親孝行、したいときに親は無し」いつも口にしていました。

　そんなある日、父親の肩を揉んでいるときに見てしまったのです。父親が自らのパイ毛を ハサミで切っているのを。そのときに僕の脳内に「パイ毛は伸びたらハサミで切るもの」と インプットされたのでしょう。

　中学に入りふと見てみると自分のパイ毛が一本少し伸びてるではありませんか。 なんとなく切ってみたのでした。数日後、同じ毛かどうかは分かりませんが、 また一本伸びています。もちろん切りました。そうこうする内にジャングルです。 長さも硬さも本数もうなぎのぼりです。パイ毛を切ったときに初めて知りました。 「ハサミって切ったときに本当にジョキって音がするんだぁ」

　僕は思春期ということもあり小まめに切っていたのですが、数日でも ほったらかすとひどい状態になってしまいます。だんだん太くなっている気もしました。

　

　「いつの日か、切れないパイ毛が生えてくるかも」

そんな不安にかられた僕は

「抜いた方がいいのかな？切るよりは時間稼げるよな」

とも思いましたが

「いつの日か、抜けないパイ毛が生えてくるかも」

　そんな不安にかられた僕は
というよりも痛いのが嫌だったので

「燃やした方がいいのかな？」

しかし

「いつの日か、耐火性能を兼ね備えたパイ毛が生えてくるかも」

という風に不安のスパイラルです。

「いつの日か、僕よりも強いパイ毛が生えてきたら・・・」

「いつの日か、自我を持ったパイ毛が生えてきたら・・・」

「いつの日か、自分自身よりもパイ毛がメインになってしまったら・・・」

　そんな不安をよそに時は経ち、今では大人としては普通のパイ毛だと思います。
頑張って乳首寄せたら結べるかも、という程度です。